卒業生の声/養護科
笑顔と児童へのふれあいを大切に
田口 あやの 先生

川崎市立小学校養護教諭
養護科 平成19年卒業

中学校時代の保健室の先生のようになりたい

小学生の時は保健委員。中学生の時も休み時間や放課後に保健室に行っていました。思春期の悩みを先生に聞いてもらったり、気分転換に何を話すのでもなく座って先生の仕事を見ていたり、先生の仕事を手伝ったりすることが好きでした。そして、自分もいつか養護教諭として児童や生徒のために働きたいと思うようになりました。
その思いは、高校時代も変わらず、卒業後の進路も養護教諭にしぼりました。高校の先生からは大学進学を勧められました。一種の教員免許の方が採用されやすいのではないかというイメージもあり、大学もいくつか見学に行きました。しかし、どこか自分には合わないように感じていました。横浜高等教育専門学校は「養護教諭を目指す」という目標が明確で、先生との距離が近く、アットホームさを感じました。
そして、何よりも私に養護教諭という目標に導いてくれた中学校の保健室の先生の母校で学びたいという気持ちから、横浜高等教育専門学校への進学を決めました。

授業で学んだこと、実習で学んだこと

入学が決まると、養護教諭への夢に近づいた気がして、すぐに教員採用試験の問題集や参考書を買いました。入学後は時間があると問題集を解いていました。2年生に入るとすぐに養護実習が始まるので、教員採用試験の勉強は1年生の夏休み明けから始めました。放課後、毎日図書室で6時まで勉強していました。
専門学校の2年間はアッという間で、気づいたら採用試験の時期になっていました。よそ見している時間はありません。コラージュや箱庭を使った授業が面白く、実際に歯科の指標を書いてみるなど、実践的な授業が好きでした。そういう授業では自分が養護教諭になっている姿が浮かんできて、励みになりました。実習で学んだこともたくさんあります。体育祭の準備で整列している時に体調が悪くて吐きそうな児童がいて、ビニール袋を出して手渡しました。次の日にその子が晴れ晴れとした笑顔で「先生ありがとう」と言いに来てくれました。恥ずかしさを最小限で抑えられて安心したのでしょう。それ以来エプロンのポケットには、ビニール袋と鼻血用のティッシュと絆創膏を入れています。
「おなかが痛い」と言って1年生の女子が保健室に来ました。私はおなかをさすりながら、その子の気分がほぐれるような話をしているうちに、教室に戻れるようになりました。その日の実習日誌には「養護教諭の手は魔法の手だと思う」と書きました。児童の気持ちが疲れている時や気分が乗らない時に、背中を押してあげたり、手を差し伸べてあげたりすることの大切さを学びました。

恵まれた環境の中で

私が勤務している小学校は児童数も多く、養護教諭も2人体制です。一緒に勤務している先生も横浜高等教育専門学校の先輩です。また、養護実習でお世話になった小学校の保健室の先生と私が養護教諭を目指すきっかけとなった中学校の保健室の先生とは専門学校時代の同期であるとも聞きました。そして、同僚の先生の産休中に来てくださった先生も、隣の小学校の保健室の先生もみんな横浜高等教育専門学校の卒業生です。このように私の周りの先生方の多くが、同じ専門学校の卒業生なので、とても親しみやすく、いろいろなことを教えていただけるので、心強いです。恵まれた環境も、横浜高等教育専門学校のおかげだと思っています。
養護教諭になって6年目を迎えますが、これからも笑顔を忘れず、一層研鑽に励み、自分に自信が持てるように頑張りたいと思います。

[平成23年10月取材]