卒業生の声/児童科初等課程
苦労した分だけ、教師への思いも明確に
三枝 耕輔 先生

横浜市立小学校教諭
児童科初等課程 平成25年卒業

先生の夢にもう一度、挑戦

4人兄弟の一番上だったこともあって、人にものを教えることが好きでした。学校自体も好きでした。中学生時代から先生になりたいと考えていました。大学進学時も得意の数学を学び、教職課程を取れば、先生になれると思って、理工学部物理数理学科に進学しました。確かに教員免許はとれますが、理系で教職をとるのは大変でした。教職と数学系の科目は楽しくても、他の科目がついていけず、結局、大学は2年で退学しました。それでも先生への憧れがあったので、家業を手伝いながら、塾の講師や学童保育のアルバイトを続けました。
ある日、農業を営む父のところに、母校の小学校の先生から「小学1年生に自然の授業をしてほしい」との依頼がありました。父から「どんな授業にしたらいいか」と相談を受けるうちに、父に代わって私が授業をすることになりました。授業では小学生が熱心に耳を傾けてくれて、手応えを感じました。
「本当は先生になりたかったんです」。母校の小学校の先生方と話していると、横浜高等教育専門学校の話が出ました。2年間で免許が取れ、しかも、学校の場所は家に近い東急東横線沿線の白楽でした。教師になりたい私にはぴったりの環境でした。その小学校にも横浜高等教育専門学校の卒業生がいました。

教職に全てがつながる授業

入学時、高校卒業から何年か経った自分の年齢が気になっていました。しかし、実際に入学してみると、自分よりも年上の学生も多く、安心しました。2年間、友達も作らず、まっしぐらに教師になろうと思っていたにもかかわらず、いざ授業が始まると、楽しくて、完全に学生に戻りました。クラスには高校新卒者もいれば、これまで関わったこともないような仕事を経験している人もいて、個性も強く、面白い仲間がたくさんいました。そして、みんな同じ目標に向かっていました。
専門学校の授業は全部教職につながり、興味ある内容だったので、頑張れました。その中でも、理科指導法は実践的で、先生になったときのことが想像できて、モチベーションが上がりました。

2回目の採用試験も先生方のバックアップで

教員採用試験は、政令指定都市になって、その年に初めて教員採用試験を行う相模原市を受けました。何しろ初めての採用試験なので情報もありません。先生方からも「横浜市を受けた方がいい」とアドバイスされましたが、合格したい一心で相模原市を受験しました。結果、一次試験は合格したものの、二次試験で不合格でした。そして、卒業1年目は現在勤務する小学校に臨任(臨時的任用)として採用され、翌年の教員採用試験を待ちました。
2回目の挑戦は横浜市の教員採用試験でした。一次試験を突破し、在学中と同様、夏休みの期間を生かして、専門学校の先生方に指導していただきました。二次試験対策では採用試験に再チャレンジする友達と情報交換もできました。模擬面接の練習も十分にできました。この二次試験対策が合格につながりました。
大学新卒の初任の先生と話していると、大学の教職課程では指導案の作成や模擬授業が少ないという話を聞きます。専門学校では大学ではできないことを学んだと、今、実感しています。
教員生活2年目の今は、まだ大変ですが、児童に関わることだと思うと自然に元気が出ます。先生として経験していく中で決してステレオタイプにならずに、自分にしかできない、自分ならではの先生でいたいと思います。

[平成26年8月取材]