卒業生の声/児童科初等課程
遠回りしてつかんだ先生という仕事
松浦 優一 先生

横浜市立小学校教諭
児童科初等課程 平成26年卒業

自分探しで見つけた先生という目標

高校を卒業後、大学の経済学部に入りましたが、半年で退学しました。学生生活が合わなかったのです。その後、大型タンカーのパイプの組み立てを手始めに、いろいろな仕事に就きました。自衛隊に入隊し、3年間の任期も務めました。正社員で入社した信号機取り付けの会社が倒産したこともあり、このときだけは、すぐに就職活動に移らずに、自分探しの時間をつくりました。
「どうして不安定な生活が続くのか」、それは「高校の卒業時に進路を十分検討しなかったから」と考えるようになりました。そして、進路をアドバイスする先生の大切さに気づき、このときから「先生になりたい」と意識するようになりました。小学校の先生をしている姉に相談すると「小学校の先生が合っているかもしれない」と答えてくれました。28歳のときでした。
「先生になりたい」ということを、母校の横須賀総合高校の先生に相談に行くと、たまたま私が在籍していたときの先生がおられて、進路の資料を見せてくださいました。そして「今から免許を取るなら、ここしかない」と横浜高等教育専門学校を紹介してくださいました。

貪欲に学んだ専門学校時代

先生になりたい気持ちはクラスで一番強かったと思います。とにかく貪欲に勉強をしました。専門学校以外にも、よこはま教師塾アイ・カレッジを受講しました。教員採用試験に1回で受かったのも、アイ・カレッジで学べたことが大きかったと思います。選考には1200文字の小論文が必要でしたが、小論文の課題も専門学校の先生が指導してくださり、何度も練習しました。横須賀市教育委員会が主催する勉強会にも参加しました。
それまで子どもと関わることが少なかったので、子どもの絵の展覧会を見に行ったり、不登校の子と関わるボランティアに行ったり、子どもに水泳を教えたりと、専門学校で紹介してくれるアルバイトやイベントに積極的に参加しました。
教員採用試験は横浜市を受けました。一次試験に合格し、二次試験は、夏休み期間中、横浜高等教育専門学校で行っている「二次試験対策講座」に毎回参加したおかげで合格することができました。
この2年間は濃密で貴重な時間でした。2年間だからできたのかも知れません。

何でも知っている先生になるために勉強は続く

教師になった今、専門学校時代に学んだことの中で一番役に立っているのは、各教科の指導法です。そのときはなかなか理解できなかったのですが、実際に教壇に立つと分かるようになりました。覚えておけば、授業の「引き出し」の一つになります。
まだ、「仕事が楽しい」という余裕はありませんが、授業をしているときに、先生になった喜びを実感できるようになりました。また、授業の準備は大変ですが、授業になれば、ワクワクしながらやっています。
ある日、保護者から「子どもが水泳大会に出られたことをとても喜んでいました。先生のおかげです」と言われました。特別に何かしたわけでもないのにと思いましたが、うれしくなり、この次も頑張ろうという思いでいっぱいになりました。
明るく、優しく、公平で、何でも知っている先生。先生には全部大切です。こんな先生になれるように、これからも日々、勉強するつもりです。

[平成26年8月取材]